2006/10/15

- エクアドルから帰ってきました! -

成田からアトランタまで13時間、アトランタからキトまで5時間、乗り継ぎ2時間、私は、何を求めて、計20時間もかかるエクアドルまで旅だったのでしょう・・。
答えは、“エクアドルに行って来ます!”の中に・・、更に、帰国報告会の来て頂いた方には、もう少し深いところまで語りましたので(何となく)おわかりいただけたのではないでしょうか。
まぁ、目的が“支援チャイルドに会いたい”“支援による現地開発の視察をしたい”“エクアドル産バナナを食べたい”ということであれば、これらは全て達成できましたので、結果オーライです。
しかし、“支援の意味を考え直す”という目的に対して果たして結果は?と問うても私自身正直なところ、トンネルの中をさ迷っているという感じです。ただ、さ迷っていると何だか可哀想なので現在、漏電中(オッと違った!充電中)と解釈していただけるとありがたいです。
そして、トンネルから出たら、自分の思いを必ず形にしたいと思っています。

2006年10月14日 秋晴れの日に
白鳥の会代表 目黒恵子

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なんとか無事に帰国して、ご家族・スタッフ一同ホッとしています。
なんと遺書まで残していったとか・・・(これ本当の話のようです)
それ程の覚悟で向かったエクアドル、どうやら最初は地球上のどこにあるのかさえ把握していなかった様子!さすが目黒代表、器が大きい、、というか無謀というか、とにかく無事帰国して良かったです。
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★帰国報告会が行われました★
1:9月17日 日本キリスト教団 牛久教会 会議室
2:9月23日 日本イエス・キリスト教団 東京若枝教会

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『 エクアドルから』
>>スライドショーで見る

2006/07/10

- エクアドルに行って来ます! -

来月、支援活動の一環として同行スタッフ2名、参加者17名が志を一つにして南米エクアドルに向かいます。
貧しい国の地域開発、子どもたちの教育、人々の生活などを目の当たりにして私たちに何ができるのかを再認識してきたいと思います。
今回の計画は、舞台公演「共に生きる」が実現させてくれたと思っています。毎年公演が終わるたびに、私の中で少しずつ育まれてきたものが、昨秋から具体的になってきました。白鳥の会は“地雷による被害者”に思いを馳せつつ、地雷除去の支援活動を行なっているので次は、地雷の埋められている国々にも出かける予定です。
「共に生きる」の原点に立ち、生きることの困難さを強いられている人たちと生活を共有することを通して、支援の意味を考え直したいというのが私の切望です。

ちなみに、「エクアドル」はスペイン語で「赤道」を意味します。
首都はキト、気候的には異なる3つの部分に分けられます。
1:太平洋岸沿いは平均気温24℃の熱帯気候
2:国の中央部には万年雪をいただくアンデス山脈が2筋に走っていて、首都キトは標高2800メートルに位置します。
3つ目は熱帯雨林のアマゾン源流地帯。

★7月8日(土)初めての顔合わせ、打ち合わせ
現地の主食はジャガイモと大麦・・と、ここまでは良かったのですが、たんぱく質の栄養補給源として、ウサギ,モルモットを食べるので出されたら「エ~ッ!」と避けず食べて下さいとの事。気候の変化、伝染病など壁はいくつか想定していましたが、ウサギとモルモットには参りました・・。
また、現地では、ケチュア語が使われているので只今お勉強中。

無事に帰国出来ましたら、順次ご報告致しますので9月下旬頃のぞいて見て下さい。

2006年7月10日
白鳥の会代表 目黒恵子

2006/06/27

公演は終了いたしました

公演は終了いたしました

たくさんのご入場、本当にありがとございました
その後のご報告などは順次このページで紹介させていただきます
またいつかどこかでお会いできる事を楽しみにしております

2006/06/27 スタッフ・キャスト・白鳥の会 一同

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公演を終えて・・・

あの夏の朝、ヒロシマの爆心地を覆った熱は、科学者たちの調査によると、摂氏一万二千度だったといいます。太陽が二つ、爆心地の真上、約五百メートルのところに現れたといってもいいでしょう。この想像を絶する熱を浴びて、ヒトも草も木も鳥も魚も家も一瞬のうちに溶けてしまいました。爆心地からの生還者の言葉が期待できないので、あの熱の中でなにが起こったかは、何一つ分からないように見えますが、じつはそうではない。何十万もの目撃者たちがおりました。
 この方がたは、やがて被爆者と呼ばれるようになり、「あの朝、死んでいたほうが、まだよかった」とうめきながら生涯にわたって苦しまなければならなくなるのですが、しかし、多くの方がたが凛とした勇気をもって、たくさんの手記を書かれました。その手記の数は五万編にも及ぶといわれています(広島市立図書館調べ)。
 全ての手記を読んだわけではありませんでしたが、それでも手に入った手記を数百篇、拝むようにして読み、そこからいくつもの切ない言葉を拝借して、あのときの爆心地の様子を想像しました。そして、それらの切ない言葉を再構成したのが、この戯曲です。そのときのわたしは、「これら切ない言葉よ、世界中にひろがれ」と何百回となく呟きながら書いていました。
 そしていま、大勢のみなさんの才能のおかげで立派な朗読劇になりましたが、聞きながらやはり、わたしは、「切ない言葉よ、世界中にひろがれ」と呟いていました。
 <言葉よ、ひろがれ>井上ひさし

「・・非道い(どえりゃー)ものを落としおったもんよのう。人間(にんげ)が、おんなじ人間の上に、お日さん(おひーさん)を二つも並べくさってのう」 「あよなむごい別れがまこと何万もあったちゅうことを覚えてもろうために生かされとるんじゃ」
 私は、おとったんのこの二つのセリフが大好きです。
前者は、原爆の恐ろしさ、戦争の愚かさ、人間の罪がズシンと胸に響きます。
後者は、私たちには、それぞれ生かされている意味があるのだ、と勇気づけられます。
公演の準備に明け暮れる一年間は、これが使命(ミッション)だと信じ没頭していますが、公演を終えるたびに「生かされている意味」を問いつづけている私です。
終演直後、スタッフ、キャスト、お客様の思いが一つに溶け合う瞬間、目には見えない何か大切なものが生まれているような気がします。
 今回は80席の小さな会場でしたが、入場料、ご寄附合わせて十万円をお預かりし、高麗博物館、AAR JAPAN「難民を助ける会」へ五万円づつ送らせていただきました。皆様の温かいお気持ちを、NPO法人2団体の活動支援に用いさせていただきます。
 様々な形で支えて頂きました方々お一人お一人を思いながら「ありがとう」の気持ちでいっぱいです。そして、井上ひさし氏が、被爆者の方たちのたくさんの「手記」を「聖書」と呼んでいるように、私は、この戯曲全体が「祈り」のように感じました。
 
白鳥の会代表 目黒恵子

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稽古開始写真
「父と暮せば」の稽古にサニーちゃんが応援に駆けつけてくれました。
残念ながら役者の顔が見えない、、、

舞台公演「共に生きる」


公演当日
リハーサルが終わり公演直前
緊張している、、、

舞台公演「共に生きる」


2006/05/09

共に生きる姉妹編公演・父と暮らせば

舞台公演「共に生きる」



★共に生きる姉妹編公演
日時 2006年6月24日(土)13時30分開場 14時開演
会場 西東京市民会館5F

主催:白鳥の会
後援 西東京市教育委員会

本公演の入場料全てを AAR JAPAN「難民を助ける会」、高麗博物館 に寄付させて頂きます。
趣旨をご理解頂き、当日の花束、贈り物などは控えて頂きますよう宜しくお願い申し上げます。


入場料1000円、5月1日からチケット販売いたします。
(詳細は後日お知らせいたします)
★今回の公演は当日券の用意がございませんのでご注意をお願いします。


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ごあいさつ

一昨年7月に、こもれびホールで観た芝居に心を打たれ、白鳥の会でも姉妹公演として上演することになりました。
主演の役者が、喉の手術をしたため稽古が進まずにいましたが、桜が開花する頃から軌道に乗りそうです。
当初、告知しました日時,会場が変更になりました。
また、今回初めてご協力してくださるスタッフも加わり、いつものことですが快く協力してくださる皆様に感謝しています。
では、無事に当日を迎えられるようお祈りください。

白鳥の会代表 目黒恵子